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名古屋地方裁判所 昭和62年(行ウ)2号 判決

原告

遠山竹千代

被告

岡崎労働基準監督署長市川博

右指定代理人

鳥居康弘

鈴木邦介

加世田稔春

久野一三

横井昭二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が原告に対し昭和五八年一月二八日付けでした労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和二年一二月一一日生まれの男子であり、昭和四一年六月一日から岡崎市日名中町七番地七所在の訴外玉野屋染工株式会社(以下「訴外会社」という。)に雇用され、主として脱水係として脱水作業に従事していたが、原告はそのころは、高齢と脳動脈硬化症等のためヨチヨチ歩きをするような身体状況にあったにもかかわらず、昭和五四年六月からは重量約三〇キログラムの塩及び重量約二五キログラムの次亜塩素酸ソーダを運搬し、これを用水槽(装置)に投入する用水作業をも命ぜられ、同作業にも従事していたものである。

2  本件事故の発生

原告は、昭和五五年七月一二日午後四時ころ、脱水作業に従事していたところ、訴外会社野本賢司常務取締役(以下「野本常務」という。)から、屋上用水槽のそばに運んであった塩三〇キログラム入りの袋三袋を同所から階下の倉庫へ戻す作業を指示された。ところで、この作業を行うためには、屋上床面よりも階段踊り場が高くなっているため、いったん三段の階段を昇って踊り場に出てから改めて階段を降りることが必要であった。そこで、原告は、右塩の袋を倉庫へ戻すため、これを担いで三段の階段を昇っている途中、足を踏み外して階段上に前のめりに倒れた。その際、原告は、右胸、左下腿部を階段に打ち付けるとともに担いでいた塩の袋が背中から腰の上に落下し、五分くらいの間三〇キログラムもの重量の塩の袋が原告の腰の上に乗ったままで身動きできない状態になった。原告は、その後やっとの思いで塩の袋を抱えて階下まで運び降ろしたものの、右事故のため、原告は右胸、左下腿打撲傷、腰部挫傷の傷害を負った。

3  事故後の作業状況

原告は、翌日は日曜日であったので一日中家で寝ていたが、翌七月一四日は出勤して、野本常務に対し用水作業から外して欲しい旨求めたが聞き入れられず、それ以降も重量物の運搬作業を命ぜられ、やむなくこれに従事していた。

なお、原告は、同年八月一三日にも、翌日から盆休みに入るため、午前中は脱水作業、午後は用水作業のうち再生槽へ塩一〇袋を入れる作業を行い、その後毎年二回行うマンホール清掃作業に従事し、午後四時ころ終了し帰宅したものである。

4  本件疾病の発生

原告は、昭和五五年八月一四日、起床時に腰、背部に痛みを感じたので、翌一五日名古屋大学医学部附属病院整形外科で受診したところ、腰部挫傷、変形性脊椎症と診断され、同日以降治療を受けている。右疾病は、前叙のとおり、本件事故及び重量物の運搬作業に従事させられた結果、発症したものである。

5  そこで、原告は、昭和五七年七月一五日、被告に対し、右疾病が業務上の事由によるものであるとして、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく療養補償給付及び休業補償給付(以下「労災補償」という。)の支給を請求したところ、被告は、昭和五八年一月二八日付けで、原告の右疾病は業務上の事由によるものではないとして、労災補償を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。原告は、本件処分を不服として、愛知労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが、請求を棄却されたので、さらに労働保険審査会に対し再審査請求をしたところ、昭和六一年九月一〇日付けをもって再審査請求を棄却する旨の裁決がされ、同裁決は、同年一〇月二日、原告に送達された。

6  しかしながら、本件処分には、本件事故及び原告が従事した用水作業の状況について、野本常務、坪井一男、鈴木一一ら訴外会社関係者の虚偽の陳述及び原告本人の不十分な陳述並びに訴外会社備え付けの勤怠表、使用薬品帳等の関係書類の不正確な記載、あるいは本件疾病について、診察医師の誤った回答等の資料に基づいてされた結果、事実を誤認した違法があるから、取り消されるべきである。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち、原告が高齢と脳動脈硬化症等のためヨチヨチ歩きをするような身体状況にあったことは知らないが、その余は認める。

2  同2のうち、原告が昭和五五年七月一二日午後四時ころにその主張のとおりの作業を指示されたこと、屋上階段の状況が原告主張のとおりであることは認めるが、事故の状況は知らず、原告が傷害を負ったことは否認する。

3  同3のうち、翌日が日曜日であったこと、翌七月一四日は出勤したことは認めるが、その余は知らない。

4  同4のうち、原告が昭和五五年八月一五日名古屋大学医学部附属病院整形外科で受診し、変形性脊椎症と診断されたことは認めるが、その余は否認する。

5  同5は認め、同6は否認する。

三  被告の主張(本件処分の適法性)

1  職業性疾病の業務上外の認定の基本的な考え方

労災補償の支給が認められるためには、業務起因性が認められなければならないことはいうまでもない。具体的には、労働基準法(以下「労基法」という。)七五条二項に基づき、同法施行規則三五条が、同規則別表一の二に掲げる疾病を業務起因性のある疾病としているところである。

ところで、腰痛の業務上外の取扱い等については、昭和五一年一〇月一六日付け労働省労働基準局長通達「業務上腰痛の認定基準等について」(昭和五一年基発第七五〇号、以下「認定基準」という。)が出され、腰部に負担のかかる業務の範囲、腰痛発症の機序を明確化し、行政的にその定義を明らかにしているが、その概要は次のとおりである。

(一) 災害性の原因による腰痛

業務上の負傷(急激な力の作用による内部組織の損傷を含む。以下同じ。)に起因して労働者に腰痛が発症した場合で、次の二要件を充たし、かつ、医学上療養を要するときは業務上の疾病として取り扱う。(1)異常な動作による腰部に対する急激な力の作用が業務遂行中に突発的に生じたことが明らかで、(2)右作用した力により腰痛が発症又は増悪したことが医学的に認められることである。

(二) 災害性の原因によらない腰痛

重量物を取り扱う業務等腰部に過度の負担のかかる業務に従事する労働者に腰痛が発症した場合で、当該労働者の作業態様、従事期間及び身体的条件からみて、当該腰痛が業務に起因して発症したものと認められ、かつ、医学上療養を要するときである。

(三) さらに、右通達は、災害性の原因による腰痛、非災害性の原因による腰痛の取扱いの細目について解説を加え、最後に、腰痛を起こす負傷又は疾病は多種多様であるので、腰痛の業務上外の認定に当たっては傷病名にとらわれることなく、症状の内容及び経過、負傷又は作用した力の程度、作業状態、当該労働者の身体的条件、素因又は基礎疾患、作業従事歴、従事期間等認定上の客観的な条件の把握に努めるとともに、必要な場合は専門医の意見を聴く等の方法により、認定の適正を図ることとしている。

2  原告の従事していた業務の内容

(一) 脱水作業

原告は入社以来、主として同作業に従事していたものであるが、これが腰部に負担のかかるような作業でないことは、原告も自認しているところである。

(二) 用水作業

(1) 用水作業の内容は、脱水係三名による共同作業で、脱水作業を中断して行うのを常とし、一袋約三〇キログラムの塩及び一本約二五キログラムのポリ容器入り次亜塩素酸ソーダ(塩素)を倉庫から別棟の屋上まで搬送して、塩は用水槽に投入し、塩素はタンクに注入するまでの作業で、〈1〉倉庫から搬出した塩等を台車に乗せ約一〇メートル離れた別棟の電動リフトのところまで運び、〈2〉電動リフトで屋上まで上げ、いったん台の上に降ろす。〈3〉塩袋は両手で持ち約四メートル離れた用水槽そばの投入台まで運び、〈4〉塩袋を用水槽の端に乗せ袋の先を切って両手で持ち上げ投入する(所要時間は約二分)。〈5〉塩素はタンクのそばに運び容器を塩素酸枠に乗せ、枠の下の棒を右手で上げてタンクに注入する(所要時間は約三分)というものである。

(2) 原告の休業前一年間の用水作業従事日数及び取扱業務量は別表のとおりであり、その詳細は、〈1〉作業日は原則として毎週水・土の二回であるが、二月から七月の繁忙期は週四日程度、〈2〉一回当たりの平均的取扱量は塩一〇袋、塩素約一〇本、〈3〉投入及び注入のための所要時間は前記のとおり、〈4〉一回の作業の全体の所要時間は約三〇分ないし四〇分である。

(3) 勤務時間

原告の勤務時間は、午前八時から午後五時までの実働八時間で、この間休憩は午前五分、午後一〇分、昼休みは四五分の計一時間であり、日曜日及び祝祭日は休日である。時間外労働は、繁忙期において一日一ないし三時間の残業が行われているが、この時期以外にはほとんど行われていない。

3  本件疾病についての検討

(一) 災害性の原因による腰痛

原告主張のような事故が発生したか否かの真偽の程は必ずしも明らかではないが、仮に事故の発生が事実としても、原告は、右事故後昭和五五年八月一五日の初診時まで、一度も医師の診断を受けることなく通常の業務に従事していたことからみて、その負傷の程度は極めて軽微なものであった。また、右初診を担当した名古屋大学医学部附属病院整形外科榊原健彦医師(以下「榊原医師」という。)からは、昭和五七年一〇月一三日付け被告に対する意見書において、原告の病名を「腰部挫傷」と記載したことにつき、その後、外傷はなかったが後日原告から転倒した旨申出があったため付記したものであるとの回答がされている。このことから明らかなとおり、初診時には、腰部挫傷の痕跡は存在しなかったのであり、これは、負傷の事実がなかったか、あったとしても極めて軽いものでその当時は既に治癒していたことを示すものである。

(二) 災害性の原因によらない腰痛

原告は、重量物の運搬作業に従事しており、とりわけ、本件事故後は本人の意に反して同作業を命ぜられ、やむなくこれに従ってきたため本件疾病に罹患した旨主張するが、前記原告の用水作業の業務量、作業日数、一日の作業時間、作業形態等に照らして、腰部に過度の負担のかかる業務には当たらないものである。

(三) 原告の健康状態及び既往症

原告の昭和四七年から昭和五四年までの間の定期健康診断結果においては、これといった異常は認められないが、原告は、昭和三六年一二月ころ糖尿病となり、昭和三七年四月三日から同病で、昭和五七年二月九日からは抑うつ病で、いずれも前記附属病院において通院加療を続けていた。

別表 用水作業の取扱業務量 (原告の休業前1年間)

〈省略〉

なお、原告は糖尿病に罹患以来、両手、両足がしびれ、歩行に困難を来し、いわゆるロボット歩きをするような状態であった。

(四) 本件疾病についての医師の所見

(1) 前記榊原医師の意見書

同医師は、昭和五五年八月一五日初診時の原告の所見として、背、腰部痛を訴え来院、他覚的所見としては歩行やや失調性、両下肢の膝蓋・アキレス腱反射は低下、筋力テスト正常、その他両手両足に自覚的にしびれ感あり、腰椎の視診、触診、可動性、圧痛点については、腰椎の前彎正常、側彎マイナス、棘突起は背・腰椎全体に圧痛を訴える。傍脊柱筋も同様。指床間距離二〇センチメートル、前屈に制限あり。腰椎レ線検査の結果は第二、第三腰椎を中心として変形を認め、骨粗鬆症ぎみであり、病名は陳旧性腰部挫傷、骨粗鬆症、変形性脊椎症と診断している。

(2) 同医師の補足意見(被告係官らが同医師に意見を求めたのに対する回答)

変形性脊椎症は加齢退行性が一般的であり、原告の場合、加齢現象によると考えられるが、訴える痛みは変形によるのか外傷によるのか断定できないとの意見を述べるとともに、なお、腰部挫傷名については、前記のとおり、後日本人から転倒した旨の申出があったため、外傷はなかったが付記したものであるとのことであった。

(3) 佐藤祐造医師の意見(昭和五七年七月一三日付け回答書)

前記附属病院第三内科佐藤祐造医師は、原告の既往症である糖尿病と変形性脊椎症との関連について、変形性脊椎症は糖尿病に基づく可能性はほとんどなく、他の原因(重力など)による可能性が推察されるとの所見を述べている。

(五)(1) ところで、骨粗鬆症は、突然に発症するものではなく、年齢の進行とともに徐々に骨粗が減少し脊椎の変形及び骨質の脆弱化を来すもので、腰痛の原因となり得るものであり、変形性脊椎症も、発症には体質的素因も考えられるが、ある程度までは年齢的変化によるものと解されていることは、榊原医師の所見にあるとおりである。

(2) 右のとおり、医師の所見は、断定はしていないものの、原告の変形性脊椎症及び骨粗鬆症が腰痛の原因となり得ることを認めているものであるから、初診時に外力による外傷及び内部組織の損傷が全く認められない原告の腰痛は、災害によるものとは認められず、加齢に伴う原因により生じたものと認めざるを得ない。

4  結論

以上の事実によると、業務上外に関する前記認定基準に照らして、原告の腰痛が災害による腰部挫傷に基づくものであると認めるに足りる証拠はなく、かつ、原告の取り扱っていた重量物及び作業態様からして、腰部に過度の負担のかかる業務とも認められないことは明らかである。したがって、原告の腰痛は、原告の体質的素因もしくは加齢現象によって発症したとみられる骨粗鬆症及び変形性脊椎症が自然発症的に増悪したとみるのが妥当である。

よって、本件疾病と業務との間には相当因果関係があるものとはいえないから、原告に労災補償の支給を認めなかった本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  原告の用水作業における業務量と態様は、被告主張のように三人による作業ではなく、昭和五四年六月から一二月ころまでは沢田金治、鈴木一一等との二人作業であり、しかも右沢田は養護学校出身者とか身体障害者であるため、ほとんど原告の一人作業に等しい状態であり、昭和五五年一月からは原告が一人で作業していたものである。また、水曜日と土曜日には必ず用水作業に従事させられていたうえ、作業の場所は足場が悪く、取り扱う薬品も劇薬のため、不安定な姿勢と緊張感を強いられた。

2  原告は、本件事故の翌翌日出社した際、野本常務に対して、胸の打撲傷、足の擦過傷を見せて、労災補償請求のことも話し、当時五二歳と高齢のうえ脳軟化症、糖尿病でヨチヨチ歩きをするような状態であったので、用水作業から外してほしい旨依頼したところ、野本常務は、安全衛生管理者として、原告のような身体状況にある者を用水作業に従事させることは法令上許されないし、また従業員の身体に対し安全を保証する義務があるにもかかわらず、そのような配慮をせずに、強制的に従来どおり用水作業に従事するよう命ずるので、やむなくこれに従って同作業に従事していたものである。しかるに、被告が、本件事故後においても、原告が何事もなく従来どおり同作業に従事してきたかのように判断したのは明らかに誤っている。

3  右のような身体状況にあった原告を、法令に違反して前記用水作業に従事させることは、原告の身体に対し過度の負担を課する強制労働にほかならないから、これが本件疾病の発症の原因となったことは明らかである。

4  榊原医師がその補足意見で、「腰部挫傷名については、後日本人が転倒した旨申出があったため外傷はなかったが附記した。」と述べているのは、何かの誤りである。原告は、昭和五五年八月一五日の初診時に、初診を担当した鈴木善郎医師に対して本件事故のことを述べており、榊原医師は鈴木医師の右診断書を見た上で陳旧性腰部挫傷との診断をし、その旨カルテにも記載したものである。

第三証拠(略)

理由

一  争いのない事実

原告は、昭和二年一二月一一日生まれの男子であり、昭和四一年六月一日から訴外会社に雇用され主として脱水係として脱水作業に従事していたが、昭和五四年六月からは原告主張のような内容の用水作業にも従事したこと、原告は、昭和五五年七月一二日午後四時ころ、野本常務から原告主張の内容の作業指示をされたこと、右作業を行う屋上階段の状況が原告主張のとおりであること、原告は、昭和五五年七月一四日は出勤したこと、原告は、昭和五五年八月一五日名古屋大学医学部附属病院整形外科で受診し、変形性脊椎症と診断されたこと、本件処分に至る経緯及びその後の再審査請求棄却裁決の原告に対する送達までの経緯はいずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  原告の職務内容等

(証拠略)を総合すると次の事実を認定することができ、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

1  原告は、訴外会社に雇用されて以来、主に脱水係として脱水作業(染色された糸の束を遠心分離機にかけ水分を取る作業)に従事してきた。

2  脱水作業の具体的な手順は、おおよそ次のとおりである。

(一)  染色された糸の束が八〇ないし一〇〇キログラム台車に積まれて脱水係のところに運ばれる。

(二)  脱水係は、上のほうに積まれているものは二巻ずつ、下のほうに積まれているものは一巻ずつ(下のほうに積まれているものは水分を多く含んでいるので重く約二キログラムである。)手でその容積に応じた量を担当の遠心分離機に投入する。

(三)  三~四分遠心分離機を作動させ脱水すると、糸を遠心分離機から取り出し、台車に載せて乾燥係に送る。

(四)  以上の一連の作業にかかる時間は約一五分である。

3  原告は、昭和五四年六月ころから、用水作業(地下水をろ過するための用水装置に塩及び次亜塩素酸ソーダを入れる作業)にも従事するようになった。この作業は、通常一週間に二回(原則として水曜日と土曜日の二回であるが、繁忙期には回数が増える。)行われ、脱水係の三人が脱水作業を中断して従事していた。なお、当時は、脱水係の鈴木一一が中心になって用水作業を行っていたが、昭和五五年一月からは原告が中心となるようになった。

4  用水作業の具体的な手順は、おおよそ次のとおりである。

(一)  一階の倉庫から塩一〇袋(一袋の重さは約三〇キログラム)及び次亜塩素酸ソーダのポリタンク(一本の重さは約二五キログラム。少いときで四~五本、繁忙期には一〇本を超える。)を約一〇メートル離れた別棟の電動リフトのあるところまで台車で運ぶ。

(二)  塩袋及び次亜塩素酸ソーダのポリタンクを電動リフトで二階に上げ、いったん台の上に降ろしたうえ、これらを約四メートル離れた用水装置のそばまで手で運ぶ。

(三)  塩袋は、いったん用水装置の用水槽の横にある高さが約九〇センチメートルの投入台に載せ、一袋ずつ持ち上げて約七〇センチメートルのところにある用水槽の端に乗せ、袋の先を切って両手で持ち上げて塩を投入する。

(四)  次亜塩素酸ソーダのポリタンクは、腰の高さほどのところにある木の塩素酸枠に載せ、蓋を外したうえ枠の下に付いている棒を押し上げて用水装置のタンクに次亜塩素酸ソーダを注入する。

(五)  一回の用水作業にかかる時間は通常三〇~四〇分である。

(六)  なお、一年に数度は電動リフトが故障し、その場合は、塩袋及び次亜塩素酸ソーダのポリタンクを手に持って、十数段ある階段を昇ることになる。

5  用水作業の作業量を、原告が右作業に従事し始めた昭和五四年六月から後記のとおり休業をする前日の昭和五五年八月二五日の間について一月を単位として(最後の八月は除く。)見てみると、塩については六~九回(一回の取扱量は一〇袋)、次亜塩素酸ソーダについては八~一四回(一回の取扱量は二~一五本で、平均は一〇本弱である。)となっている(繁忙期は、二~七月である。)。なお、昭和五五年八月については(二五日まで)、塩は五回(一回の取扱量は一〇袋)、次亜塩素酸ソーダは四回(一回の取扱量は六~一五本)となっている。

6  訴外会社の勤務時間は、午前八時から午後五時までである(午前、午後各一回と昼食時の合計一時間の休憩がある。)が、原告は、欠勤、遅刻、早退等はほとんどなく、真面目に職務に従事しており、繁忙期には毎日のように一~三・五時間の残業をしていた。これを、昭和五五年二月以降について見てみると、早退が一度(八月二日)あるのみであり、残業は、二月が二八時間(一八回)、三月が六六・五時間(二五回)、四月が八一・五時間(二五回)、五月が七七時間(二五回)、六月が七三時間(二五回)、七月が三六時間(一六回)、八月が〇・五時間(一回)となっている。

7  なお、原告には、後記のとおり既往症として糖尿病及び脳動脈硬化症があり、ロボット歩きをする状況があったが、脱水作業及び用水作業を遂行するうえで特に支障になることはなく、その他右作業にとって問題となるような身体的状況はなかった。

三  事故の発生とその後の状況等

(証拠略)を総合すると、次の事実を認定することができ、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

1  原告は、昭和五五年七月一二日(土曜日)の午後、通常のように他の従業員とともに用水作業に従事したが、前日から電動リフトが故障していたので、原告らは、塩一三袋(原告はこのうち三袋)及び次亜塩素酸ソーダのポリタンク九本を手で二階に運び上げた。

2  塩は一〇袋だけ使用され三袋が余ったので、原告は、次の作業日に使用するつもりでその場に置いておいたところ、用水作業が終わった午後四時ころ、野本常務から右三袋を倉庫に戻しておくように指示された。

3  原告は、野本常務の指示に従い塩袋を倉庫に戻す作業に取り掛かったが、二袋目を右肩に担いで用水槽のそばから階段の降り口のところまで運ぶ際、その途中にある三段の階段で左足を踏み外して前のめりの格好で転倒し、右胸と左下腿部を階段に打ち付けた(以下「本件事故」という。)。

4  原告は、本件事故により右下腿部に内出血を起こし右胸にも痛みがあり、三分ほどそのままの状態でいたが、その後右作業を続け、三袋を階段の降り口のところまで運び終えた(その後倉庫まで戻す作業は他の従業員が行った。)。

5  原告は、その後、野本常務に対し、内出血を起こした左下腿部を示して本件事故のことを話したが、事務室で簡単な治療をした後、そのまま本来の脱水作業に従事し、一時間の残業をして帰宅した。なお、この際、野本常務は、原告の様子から大したことはないと思い、それ以上本件事故の詳細を聞くことはしなかった。

6  原告は、本件事故の翌日は日曜日で訴外会社の休日のため出社しなかったが、七月一四日(月曜日)から後記のとおり休業をする前日の昭和五五年八月二五日までは、日曜日及び盆休み(八月一四日ないし一六日)を除いて欠勤することなく通常どおり脱水係として勤務し、用水作業にも従事した(塩の投入作業は、七月一六日、一九日、二三日、二六日、三〇日、八月二日、六日、九日、一三日、二三日、次亜塩素酸ソーダの注入作業は、七月一五日、一八日、二一日、二五日、二八日、八月一日、五日、八日、一八日)。また、原告の右期間の残業は、七月一四日から一八日まで毎日一時間、八月二〇日に〇・五時間であった。

なお、この間、原告の勤務状況に特に変わったところはなく、作業遂行上問題となることもなかった。

7  原告は、本件事故により生じた右胸及び左下腿部の痛みは一~二週間で消え、特に異常もなく前記のとおり勤務を続け、盆休みに入る前日の八月一三日は、本来の脱水作業のほか午後に用水作業(塩一〇袋の用水槽への投入)及びマンホール四箇所の清掃作業(年二回行うもの)に従事した。

8  原告は、盆休みに入った八月一四日の朝、腰から背中にかけて痛みを感じたので、翌一五日に従前から糖尿病等の治療を受けている名古屋大学医学部附属病院第三内科で診察を受け、腰の痛みを訴えたところ、整形外科を紹介され受診した。そして、その後も前記のとおり八月二五日まで勤務し、同僚に対し腰に痛みがあることを述べていたものの通常どおり脱水作業及び用水作業に従事したが、八月二六日からは腰や背中の痛みのため訴外会社に休業する旨連絡したうえ休業した。

四  原告の症状等

1  (証拠略)を総合すると、次の事実を認定することができ、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

(一)  原告は、昭和五五年八月一五日、腰及び背部の痛みを訴えて名古屋大学医学部附属病院整形外科において診察を受けた。その際の所見は、歩行はやや失調性であり、腰部、背部傍脊柱筋に圧痛あり、膝蓋腱・アキレス腱反射は両側低下す、筋力は正常、両手・両足に自覚的シビレ感ありなどというものであった。

なお、原告は、右診察の際、医師に対し、昭和五五年七月一二日に塩袋を運搬中に転倒し、その後痛みがある旨述べた。

(二)  昭和五五年八月二六日、初診時の腰部レ線検査の結果も出、原告は名古屋大学医学部附属病院において変形性脊椎症と診断された(その際の診断書には、右病院において通院加療中であるが、重量物の運搬作業は不適と考えると付記されている。)。右レ線検査の結果は、第二、第三腰椎を中心に変形を認め、骨粗鬆ぎみであるというものであった。

(三)  原告は、その後、名古屋大学医学部附属病院整形外科において、一~二週間に一度の割合で通院し、主に投薬治療を受けていたが、腰痛等の症状の軽快は認められず、むしろ症状は悪化している状態であった(昭和五九年ころには、腰痛のほか下肢の筋力低下が認められ、脊髄性間欠跛行の症状も現れている。)。なお、その間、原告は、抑うつ反応が生じ、昭和五七年二月九日から右病院精神科において治療を受けるようになった。

(四)  原告は、昭和五七年ころから、名古屋大学医学部附属病院整形外科の榊原医師に対し、本件事故の際腰部を打撲したことを訴え出したので、榊原医師は、初診時のカルテに腰部挫傷に関する記載はなかったものの、その後の診断書には変形性脊椎症とともに腰部挫傷を傷病名として記載するようになった。

(五)  榊原医師は、昭和五七年七月一三日、本件の労災補償の支給請求(申請)書にも原告の傷病名として腰部挫傷、変形性脊椎症と記載したが、右請求(申請)の調査中に被告に求められて提出した意見書(昭和五七年一一月一七日付け)において、「腰部挫傷名については、後日本人が転倒した旨申し出があったため外傷はなかったが附記したものである。」と述べた。

(六)  なお、原告は、昭和三七年ころから、糖尿病及び脳動脈硬化症で名古屋大学医学部附属病院において治療を受けていたが、歩行にやや失調性が認められる(ロボット歩き)ものの、前記のとおり訴外会社における脱水作業及び用水作業に特に支障となるような身体的状況は見当たらず(訴外会社における健康診断の結果も異常所見はない。)、欠勤、遅刻、早退等はほとんどない状態で勤務を続けていた。

2  以上の事実及び前記認定の事実、殊に、当初右胸及び左下腿部の痛みがあったがそれも一~二週間で消え、何ら異常なく勤務を続けていたこと、腰から背中にかけて痛みを感じ出したのは本件事故後一か月ほど経った昭和五五年八月一四日以降であること、初診時には腰部挫傷に関する他覚的所見はなく、前記のとおり医師に右事故の内容を告げたけれども当初は腰部挫傷の診断はされなかったことなどからすると、原告には、昭和五五年八月一四日以降腰痛が発生していたことは確かであるものの、疾病又は傷害としては変形性脊椎症がみられるだけであり、腰部挫傷は存在しなかったというべきである。

五  原告の症状及び疾病の原因

1  (証拠略)によると、次の事実を認めることができる。

(一)  変形性脊椎症は、中年以後の男性に多く、原因は椎間板の加齢性退行性変化とこれに伴う椎体縁の反応性骨増殖であると考えられている(外力による椎間板の障害に引き続いて変形性脊椎症が発生することを可能性として認める考え方もあるようであるが、実際問題としてはある変形性脊椎症が外傷と関係ありと判断することは困難であるとされているようである。)。そして、これは、加齢性変化として当然起こるものであるが、年齢不相応に早く、あるいは不相応の症状を呈するときに病的とみなされるとされている。

(二)  変形性脊椎症の症状は、徐々に脊柱の軽い後彎形成が生じ、脊柱全体として運動制限と背、腰痛を来すというものである(なお、さらに脊柱管狭窄症を来すと、下肢の神経痛、知覚障害、間欠性跛行、アキレス腱反射減弱などの症状を示す。)。

また、変形性脊椎症のレ線像は、椎体辺縁部に棘状骨増殖があり、椎体はその高さをやや減じ、椎間腔はやや狭くなるという特有のものであるとされる。

2  (証拠略)によると、名古屋大学医学部附属病院整形外科の榊原医師は、前記意見書において、変形性脊椎症は加齢退行性が一般であり、原告の場合、レ線所見上では加齢現象によるものと考えられるとしたうえ、原告の訴える痛みは外傷によるものか変形性脊椎症によるものか断定はできないとしていることが認められる。

3  前記認定のところからすると、脱水作業は、その内容からして原因の腰部に過度の負担がかかるものとは解されず、また、原告が約一年前から従事した用水作業も、重量物を扱うものの、一週間に二~三回、各三〇~四〇分間三人で行われるものであり、その作業態様などからして、原告の腰部に過度の負担がかかるものとは解されない。

4  以上に前記の諸事実を合わせて考えると、本件事故後に原告に発症した腰痛が本件事故又は訴外会社における脱水作業若しくは用水作業に起因するとみることは困難であり、むしろ、右腰痛は、加齢現象としての変形性脊椎症の自然的増悪によるものとみるのが相当である。そして、右変形性脊椎症が本件事故又は訴外会社における脱水作業若しくは用水作業に起因するとみることは、さらに困難である。

六  結論

以上要するに、原告が業務上の事由によって発症したとする腰部挫傷は認められず、変形性脊椎症又は腰痛と原告の業務との間には相当因果関係が認められない。したがって、原告の労災補償の請求を認めなかった本件処分は適法というべきである。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水信之 裁判官 出口尚明 裁判官 根本渉)

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